韓国の一流紙(?)「中央日報web日本語版」に載った、
人工衛星「はやぶさ」についての記事(抜粋)。糸川の‘夢’は後輩が引き継いだ。 彼が死去する1年前の1998年、米国探査チームが地球と火星の間の軌道を回る小惑星を発見した。 日本科学者らは03年にこの小惑星を探査する「はやぶさ」を打ち上げた後、米国側と交渉を行った。 米国の好意で後にこの小惑星は「イトカワ」という名前が付けられた。 私は日本が第2次世界大戦当時、米軍と数多くの空中戦を繰り広げた戦闘機「はやぶさ」を探査船の名前に、目的地の小惑星を「隼」戦闘機の設計者の「イトカワ」と命名したことになぜか背筋がぞっとする。 すでに1920年に飛行機を製造していた日本の底力と敗戦の恨、そして歳月を越える執拗さが同時に感じられるのだ。
[http://japanese.joins.com/ より一部を抜粋]
ロシアの協力を得ながらも、ロケット打ち上げを2度連続で失敗した韓国が、
日本の宇宙開発に興味津々なのは解かる。
しかし、世界的な偉業を伝えるニュースでさえ、
いちいち、第二次世界大戦(日本軍)のことに結びつける。
それこそ「執拗さ」を感じずにはいられない。